医師のキャリアをとりまく環境・未来
真野 俊樹
1987年名古屋大学医学部卒業。医師、医学博士、経済学博士、日本内科学会専門医、MBA。臨床医を経て、95年9月コーネル大学医学部研究員。外資系製薬企業、国内製薬企業のマネジメントに携わる。その後、昭和大学医学部(病院管理学担当)専任講師を経て、現在、多摩大学医療リスクマネジメントセンター教授。
医師と医療経済 第13回
(海外の医療と医師 Part1)
医療経済学という言葉
医療経済学というのはわかりにくいもののように思われている方も多いと思います。 そのひとつの理由に、医療経済学といった場合に、医療を経済学の手法で考え、その結果をご紹介して皆様に学んでいただくというスタンス、いわば医療に対する経済学的分析、と、医療において経済的な要素を解説する、いわば医療と経済、といったスタンスが混在していることがあります。
この連載は、学者用の難しい内容ではないのであえて混在させていますが、今回取り上げる医師の待遇や位置づけといったものは、後者のスタンスに入るものになります。
発展途上国の医師
最初に、発展途上国の医師を考えてみましょう。発展途上国といっても、アフリカの国とか、チベットとかは詳しくないので、ここではタイとか、シンガポール、韓国などを考えて見ます。一言で言えば、こういった国々では医師は尊敬の対象であり、高収入である、ということになります。もちろん、こういった国々はそんなに生活水準が低いわけではありません。すこしだけ、こういった国の医療を覗きながら医師の立場を考えて見ましょう。
タイの医療
タイでは日本の1.4倍の国土に6千500万人の人がいます。ごみごみした感じがありますよね。首都バンコクの人口は正確にはわからないが1000万人弱といいます。人口が正確にわからないのは、農村や他国からの流入が多く、カウントが不可能なためです。
東南アジアの周辺諸国に比べても対GDPの保健医療支出が極めて高く、日本のそれとほとんど変わりません。なお、タイのGDPは合計(2005年)で6兆9,504億バーツで世界34位、1人あたりで100000バーツ強、1バーツを3円とすると、3万円くらい(2,577ドル(2005年))になります。ちなみに日本では合計(2005年)で504兆9,180億円になるのです。タイでは大卒エリートの初任給が数万円ですから、イメージとしては日本の7−10分の1くらいのイメージでしょうか。
この中で医師は当然高給です。
タイの病院は外来、入院の両サービスを提供しているという点では日本の病院に似ていますが、取り扱い医療保険の種別については、病院によって異なるという点では大きく異なっています。現在のタイにおける医療保険制度は、3つの歴史が異なる制度の上に成り立っています。まずは、約700万人いるという公務員の医療があります。日本で言う国家公務員や地方公務員の共済制度に当たります。この公務員医療給付制度(CSMBS)はきわめて恵まれており、この格差に、タイの医療の特徴のひとつをみてとれます。CSMBSでは受診病院の登録が必要なく、医療サービス原則として入院については日本のようなフリーアクセス、つまりどこでも受診が可能なのです。外来は公的病院のみフリーアクセスですが、先にお金を支払い、あとで戻ってくる償還払いです。自己負担はなく、家族も受給対象となる点も含め、給付内容は、先進諸国並の設計になっています。もう一つは、被用者社会保障制度(SSS)です。日本で言う、企業がはいってくれる健康保険に相当します。しかし、適用範囲は、上述したCSMBSほど広くないのです。ただし、SSSは、適用対象者範囲はごく限られたものですが、給付内容については、包括的な社会保障制度となっており、医療のみならず、年金、障害、死亡、出産、児童手当も含めた分野横断的な制度です。入院、外来の両方をカバーしていますが、事前登録制をとっており、受診時の自己負担はないがフリーアクセスは保障されていません。
最後の一つは、日本の厚生労働省に当たる保健省が積極的に推進している皆保険政策であり、医療分野におけるサービス提供を全国民の普遍的な権利として展開しようとするものです。現在は自己負担ゼロになっている、2002年度からおこなわれている「30 バーツ制度」に代表されます。受診時に定額30 バーツを支払えば、その他の負担なしで外来・入院サービスを利用できるものです。
これは、人口の約7割を対象とする巨大な制度です。しかし、人頭払い方式に基づいて医療機関に対して県から支払われる一人あたりの予算額も他の制度に比べ著しく低いのです。
タイの医師
タイの医師の特徴は、ベテランの医師が日本に留学していることが多い点でしょう。実際、バンコクホスピタルの副院長先生は以前に東大に留学されていまして、日本語が話せます。台湾もそうですが、このようなところに歴史を感じさせます。
ただ、残念ながら最近では、優秀な医師は米国に多く留学するようです。
経済的な視点で言えば、タイは格差が大きな国です。したがって、富をなしている人は、一般の国民とは大きく違った生活をしています。すなわち、ホテルも一流ホテルを利用できますし、病院もそうです。上述したような3つの保険制度は一般の住民を対象にしたものですが、高所得者あるいは外国人を対象にした病院を受診します。
医師も、その部類に入ります。医師は尊敬されています。簡単に言えば、日本人が旅行でタイに出かけたり、ロングステイといって老後をタイで過ごしたりする例がありますが、これと同じくらいの水準の生活ができる環境のようです。
なお、国立大学病院の給与は民間病院の給与に比べれば安いようですが、かつての日本のようにアルバイトが公認されており、民間病院などで収入を補っているようです。
ただし、医療費の問題がクローズアップされており(特に30バーツ制度)、開業医の収入、郊外の医師は忙しさののわりに、収入が少なくなっているようです。