医師のキャリアをとりまく環境・未来
真野 俊樹
1987年名古屋大学医学部卒業。医師、医学博士、経済学博士、日本内科学会専門医、MBA。臨床医を経て、95年9月コーネル大学医学部研究員。外資系製薬企業、国内製薬企業のマネジメントに携わる。その後、昭和大学医学部(病院管理学担当)専任講師を経て、現在、多摩大学医療リスクマネジメントセンター教授。
医師と医療経済 第21回
(海外の医療と医師 Part9)
自由主義の国
アメリカは自由を尊ぶ国であり、また徹底した市場主義の国です。ちなみに、アメリカでは、医師免許も国家資格ではなく州の免許で、その試験はNBME(the National Board of Medical Examiners : 医師国家試験委員会)というNPO(民間非営利団体)が行っています。このNBMEは、AMA(the American Medical Association : 米国医師会)が中心になって作った団体ですがが、いうまでもなくAMA自体もまたひとつのNPOです。
アメリカでは、主流派経済学の考え方が、からり高い割合で現出されている。そこで、アメリカの医療を題材に、少し経済学的な考察を加えていきましょう。
我々は、現代社会において日々多くの意思決定と選択を行いますが、経済(市場)システムは、分配、生産、交換のルールのフレームワークを提供しています。18世紀末から19世紀、経済学者たちは交換のための生産を理解するのに必要な分析方法を確立しました。アダム・スミスの主著『国富論』は分業の優位性を描きました。その50年後、デビッド・リカードは比較優位の原則を提唱しました。これは、経済システムの有効性は比較優位と分業を活かした効率性によって決まるというものです。
比較優位は難しい概念です。我々はつい「誰がその仕事にとって最善の人物か」を問題にしますが、それは誤った直感であるというのです。そうではなく、我々は「その人物が他の仕事を行う場合の生産性と、その人物以外の者が今現在行っている、あるいは行おうとしている他の仕事の変わりにこの仕事をする場合の生産性とを考慮して、誰がこの仕事を行うべきか」を問題にすべきである、というのがこの考え方のエッセンスです。
さて、このような経済学の根本命題を前提にすると、市場経済は中央で計画される経済よりもはるかに上手く調整問題を解決してきたといえます。この中央による計画経済の失敗は、その多くがイノベーションについての失敗であったといえます。
ソビエトでは実験、失敗、そしてまた実験、という多元的な計画が行われず、そのため新薬、現代的な自動車、パーソナル・コンピューターが生まれなかったのです。しかしなんといっても、中央の計画経済における最大の失敗は調整能力の不足です。消費財の多すぎる供給から買い物行列ができました。逆に工場では必要な原材料が手に入らないため、目標を達成できないことがありました。
経済システムにおいての一つ目の財が配分されるメカニズムは、計画経済ほどではないですが、政治的で階層的で個人的な関与があり、主張のメカニズムは投票になります。もう一つは市場メカニズムになります。
社会保障の役割
しかし、きわめて単純化していうと、市場メカニズムは万能ではないのです。そのために社会保障という仕組みをどんな国でも持っています。
社会保障という言葉は、本来、英語のsocial securityの訳語です。この言葉は、第二次世界対戦前のわが国にはなかったものです。諸外国でも、第二次大戦前からわずかに使われてはいましたが、あまり国際的に普及することはなかったようです。その後、第二次大戦後になって各国とも社会保障制度を進めるようになり、この言葉が国際的に使われるようになりました。わが国でも、日本国憲法第25条でこの言葉が使われて以来、広く国民の間でこの言葉が使われるようになったのです。
しかし、社会保障という言葉の内容が何であるかということになると、現在においても明確であるとはいえなません。その中で一つだけ明確になっていることは、とにかく国民の生活を保障することだという点です。社会保障は、一般的にいって、国家が国民生活を保障することだといえるし、そうした仕組みを社会保障制度と呼んでさしつかえないでしょう。
北欧の福祉国家においては、全国民があますことなく社会保障の対象となっており、平等主義の理念が反映されています。制度としては社会保険も存在するが、むしろ労働力喪失者にたいする公的な直接的扶養が重視されているのです。
この社会保障に対する財源としては、税金と社会保険料があります。ここですこし、税金について考えて見ましょう。
税金の役割
税金については、課税の公平・中立・簡素の原則があります。まず第一に、課税の公平はもっとも基本的なもので税負担に公平感のない税制では国民の支持を得られないでしょう。ただし、課税の公平は個人の主観的な判断によるものできわめてあいまいなものです。
第二に、課税の中立とは家計や企業の経済活動を税制によって歪めるべきでないとする原則です。課税によって、民間は政府に対して税支払いの義務が生じます。高い累進税率による勤労意欲や貯蓄意欲の減退や、あるいは特定の財のみに課税されると、消費者は好みを変え、非課税の財へ購入を移すかもしが生じえます。海外に生産拠点を移すかもしれません。このような課税により惹起される歪みを、れません。企業においても、生産や雇用において同じような変化超過負担といいます。課税の中立とは、この超過負担を極力低く(理論的にはゼロに)しようとする原則です。あとでも述べますが、米国ではこの中立性に重きを置いています。
第三の簡素の原則は、税制が複雑になるほど、納税者は自己の税負担の計算が容易でなくなりますので、その結果、納税協力コストが高くなり、納税意欲を減退しかねないという点があります。また納税者の例のみならず、税務当局も税制が複雑であるほど、各種の徴税コストが高まらざるをえないでしょう。そこで税制を簡素化することが必要になります。
この公平・中立・簡素の三大原則は、1980年代、アメリカのレーガン税制改革でも強調されたものであり、日本の政府税調だけでなく他の先進各国でもしばしば用いられてきました。
しかし、この三つの原則それぞれがトレード・オフの関係にあることが問題です。たとえば税制の公平感を高めようとすれば、累進税率構造を厳しくせねばならないでしょう。
参考文献
税制ウォッチング 「公平・中立・簡素」を求めて 石弘光
市場の真実 「見えざる手」の謎を解く ジョン・ケイ
社会福祉選書C 社会保障概説 第四版 佐口卓・土田武史 共著



