医師のキャリアをとりまく環境・未来
真野 俊樹
1987年名古屋大学医学部卒業。医師、医学博士、経済学博士、日本内科学会専門医、MBA。臨床医を経て、95年9月コーネル大学医学部研究員。外資系製薬企業、国内製薬企業のマネジメントに携わる。その後、昭和大学医学部(病院管理学担当)専任講師を経て、現在、多摩大学医療リスクマネジメントセンター教授。
医師と医療経済 第24回
(海外の医療と医師 Part10)
今回で、2年間にわたりましたこの連載も終わりです。皆様どうも長い間ありがとうございました。今回は、少し自分の意見を書いてみようと思いますので、いつもと違って、「である」調の文体です。
自由主義の医師
さて、このような自由主義の環境に育っているために、米国では医師も金銭感覚は豊かである。もちろん、医師としての倫理は持っているのだが、同時にビジネスセンスも併せ持つといったほうがいいであろうか。言い方を変えれば、意味のない横柄さなどはなく、むしろ丁重だが実をとる、といった感覚である。金銭感覚が強いのにはほかの理由もある。米国では、医師になるのに結構高額な学費がかかるためだ。しかし、生々しい言い方だが、卒業してから医師は稼ぐことができる仕事でもある。また、自由主義でもあり個人主義でもある米国人の多くは、大学に入った(正確に言えば、大学卒業後専門職のMedical School)息子や娘に金銭的な援助をすることはない。そこで、そのために、医学部に入学した学生のために、ローンが多く作られており、多くの学生がローンを利用する。ただ、米国でも日本で言う研修医であるレジデント時代の給与はさほど多くはない。逆に言えば、医師で本当に稼ぐことができるのは専門医になってからである。したがって、ローンを抱えている米国の医師の多くは、少しでも早く専門医になって、ローンの返済をしたいというのもまた本音なのである。
技術が重要な医師
医師に最も必要な技術は何か。医療技術であることは言うまでもない。私のように、内科系の医師であっても、最近では、内視鏡であるとか、カテーテルであるといった技術を覚えたい、覚えて治療したいという医師が多くなっているように思う。放射線科も内科系に属すると思うが、同じように、カテーテルのような技術を覚えたい医師が増えているようだ。実は、この現象は、非常に重要だと思う。というのは、医師が専門家としての道を歩む上で、高度な医療技術は欠かせないからだ。実際に、今TVなどで活躍している医師の多くは、専門技術を持っていることが多い。
専門性と分業
ただし、専門化(分業)には欠点もある。そもそも分業の歴史は古い。少し眺めてみよう。
経済学者のアダムスミスが、モノを作るときに、最初から最後までの全工程をすべて一人のひとが行うよりも、ピンを打つのはAさんが専門、その後に機械をはめ込むのはBさんが専門、というやり方をしたほうが、ずっと能率がいいということに気が付いた。これが分業の考え方だ。
確かに同じことをしているほうが、早く覚えられる。この考え方は、もっと広い範囲に応用可能だ。歌がうまいヒトは歌手になり、歌を聞かせる。衣服をつくるのがうまいヒトは洋服屋さんになったほうがいい。
もう少し洗練された考え方では、習熟曲線とか経験曲線とかいう考え方が、戦略系のコンサルタント会社である、BCG(ボストンコンサルティンググループ)から提案された。累積生産量が2倍になると、コストが15から25%削減されるというものだ。こういった考えを最も推し進めているのが米国である。
専門性が強くなりその分野についての研究が進めば、あらたな知見が生まれる。場合によっては、これが新たな需要を生み出す可能性がある。昨日まで行い得なかった治療法ができたので、医師の仕事が増えるということも当然ありえるのである。
皆さんへのメッセージ
私が、皆さんにメッセージをお伝えするというのもおこがましい感じがするが、連載を読んできてくださった皆さんに、以上を踏まえて私見を述べよう。基本的に、専門分化の流れはさけられないので、海外に臨床留学などで医療技術を磨いたり、症例数を増やすことは重要だし、良いキャリアアップになる。しかし、全員が高度な技術を身につけることができるわけではないので、鎌田実先生が言う良医、すなわち地域医療に従事する家庭医といった仕事も、逆説的に重要になるであろう。その見極めが重要である。もうひとつは、高度な医療を提供する場合にも(というか特にこの場合には)組織の力を借りねばならない点も重要だ。要するに、高度な機器を購入することは普通は病院などの医療機関の仕事なので、いくら高度な技術を身につけていても、そこに依存しなければならない部分があるという点である。そのために、高度な技術さえあればいい、ということにはならない。紹介してきた米国やシンガポールなどの高機能病院(たとえばメイヨークリニックでは、技術は後からでも身に付くが、態度(性格や考え方、価値観などを総合して)は変わらないので、採用に当たっては価値観をより重視する、といった話もある。また、最近日本でも増えてきたが、海外では他業種に勤務する医師も多い。これも医師の選択の一つであるが、まったく医業から離れてしまうのも、今までの受けた教育やコストを考えると、もったいない。その意味では、医療の発展としての産業あるいは職種に勤務するのがいいのではなかろうか。
では、また、何かの機会にお会いすることもあると思います。
皆様の、今後のご発展をお祈りしながらペンを置くことにします。